静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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合併,って言う事.

以前,「いきづく町をつくる美の条例 真鶴町・一万人の選択」(ASIN:4761521538)って言う本を読んでいる事は書いたのだが,聞いたでは湯河原町との合併でこの条例が無くなってしまうと言う状況になっているらしい.まぁ,何か分かるような気もするし,これだけ素晴らしい条例を持っているのに「何でだろう」って言う感じもあるんだが.いわゆる「はみ出し」部分を決めている条例ではあるんだが,確かに決して一般的なものではないと思うし,湯河原町の施策の中でコンセンサスが取れてないって.そう考えると確かに仕方ない部分もある訳で.けど,何か違うんじゃないのなぁ,って思う.今あるものを潰して「行政改革でござい」って言うのは何かおかしいんじゃないだろうか.それこそ,国の財政が厳しくなって「おまえら面倒が見切れなくなったので何とか自分らでやってくれ」って言うのが実際のところ.で,それを「地方分権」とか言って誤魔化しているって言うのがおいらの理解な訳で.
けど・・・,それって言い方は悪いかもしれないけど,自分たちのオリジナリティじゃなくって,飲み込まれる所のオリジナリティに飲み込まれてしまうって言う所なんじゃないのか?って思う.まぁ,飲み込む方に関しては毛頭そんな事を感じないだろうけどね.事実,静岡と清水の合併の時なんかは,旧清水市民は「清水って言う市が無くなる」って言う事があって結構敏感になっていた訳だし,今日の静岡新聞にはこんな記事があった.

清水商工会議所の杉山公一会頭は二十日の会見で、静岡市の東静岡地区に予定されている市の新庁舎建設問題について「約束事は約束事。審議されるのは結構だが、守ってもらわなければ困る」と述べ、市新庁舎検討委員会などで浮上している見直し論をけん制した。  合併に向けてまとめた新市建設計画では、危機管理センターを併設した新庁舎の位置を東静岡地区とし、約二十五億円掛けて平成十七年度の完成を目指すとされている。しかし、一月に開かれた同検討委員会で財政問題などを理由に計画の見直しを求める意見が相次いでいた。

 確かに財政が厳しいって言うのは分かるし,市役所を今から作るって言うのは正直言って無駄遣いって言うのは冷静に考えれば分かる訳なんだが,それでもこの気持ちって言うのは分かる,と言うか吸収される市の人間としては感情的に持ってしまうって言う所なのである.
 おっと,何か関係ない部分に話が飛んでしまったが,結局は「支配被支配関係」が合併の時には出来上がってしまうと言うのである.果たしてこんな関係を持ったまま10年,20年って言う先を見ることは出来るのだろうか.それこそ昭和の大合併の時にあったしこりが今でも完全に解消できてないって言う話もある位だから,恐らく消えないだろうし無理だろう.結局,今のままのシステムじゃ.
 補完性の原理って言うものを本当は導入すべきなんじゃないのか?って思う.それこそ,市を幾つかのブロックに分けた上で,そこにおのおの議会を設置し,可能な限りその地区議会で物事を決め,その地区の中で施策を実施する.で,市はその地区をまたいだ様々な問題解決を図るための活動を行うって言う事もありなのではないだろうか.確かに「誰が議員をやるのか,どうやって原資を分配するのか?」って言った問題を解決しなくちゃならないとは思うのだが,やってみるだけの価値は正直あると思うし,つーか,この方向に持っていかないことには「地域」って言うものに対する興味って言うか関心は湧かないんじゃないだろうか.何故県会議員選挙や国会議員選挙がここまで面白くないのか(いや,面白いって言う言葉には語弊もあるかもしれないが)を考えると,結局は日常生活から余りに乖離してしまっている部分があるが故なんじゃないか,って思う.
 少なくとも,大きな事も大事ではあるんだが,その大きな事の基盤になる小さな事も大事にしなくちゃなんねぇ,って言うのが実感であろうか.