静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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都会の中の歴史的風景

 まぁ、詳しくは鉄道系のBlogの方を見て頂いた方が話は正直早いんですが、ただ単にスタンプを押すために電車に乗っているように見えて、実際にはそうなのかもしれないんですが、やっぱり「都会の中の風景なんだなぁ」地下鉄に乗りながら正直思います。

 東西線妙典駅で見た看板なんですが、そこに「塩焼n丁目」と言う文字がありました。まぁ、地図を実際に見る限りですと、どう見ても住宅地ではあるんですが、そこに「塩焼」って言う地名が付いている所に面白さを感じました。やっぱり「歴史の上に地域が成り立っているんだな」って言う所でしょうか。この他にも、「原木中山」とか「妙典」とか色々と気になる駅名が市川市内にあり、ちょっと気になってみたのでググってみるとこんな風に出ています。


「行徳(ぎょうとく)」は室町時代、この地で徳のあった修験者が村人から「行徳さま」と呼ばれていたのが地名になった。行徳千軒寺百軒といわれるほど民衆は信仰心が厚く、「徳を行う」ために寺々を巡って参拝し功徳(くどく)をつんだ。江戸時代の行徳領は浦安から市川南部、船橋西部にわたる33ヵ村でその中心が「本行徳(ほんぎょうとく)」であった。
 「妙典(みょうでん)」は法華経が妙なる経典という意味で地名にした。彼らが開発した船橋市法典の地名も同様の意味がある。
(中略)
千鳥町・高浜町・塩浜・広尾(ひろお)・福栄(ふくえい)・南行徳・行徳駅前・末広・新浜(にいはま)・入船・日の出・富浜(とみはま)・東浜(ひがしはま)・宝(たから)・幸(さいわい)・塩焼などの町名は、縁起や由緒ある地名を選んだ、海面埋立地に誕生した新しい町名である。

京葉ガス「ふれあいGASパークふれあい交差点」地名町名の由来 11・江戸川流域と地名 市川編(下)■5/1現在
 なるほど、確かに東西線の走っている所は海面の埋め立て地であるワケで、それこそ開業当初は一面に何もない所が広がっていて「一体大丈夫なのか?」と言われたワケも分かるし、それらの駅名も、由緒あるものを選んだ、って言うのは納得できるワケです。正直、「行徳」とか「妙典」と言うのは駅名としては知っていたんですが、いざ実際に調べてみると面白いものがありますね。
 やっぱりこう考えると「地名だけで・・・」と言うような議論が今盛んに言われている合併論議の中であるのですが、確かに疎かには出来ない部分もあるなぁと思います。