静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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彼女の役目。

 この仕事をはじめて・・・かれこれ5ヶ月。「たまには他の所にも行ってみたいなぁ」なんて思っている私が居ます。だって、毎日毎日、同じ所を行ったり来たりしている訳ですから。


 「おはよう、今日は一日よろしくな。」
 「・・・おはようございます。」
 「あれ?どこか体調が悪いのか?」
 「そんな事ありませんっ!大丈夫です!」
 「おいおい、そんなに大声出す事無いだろ。まぁ、そんだけ元気なら大丈夫だな。ははははは」

 
 朝8時30分過ぎ、私は仕事に向かうために家を出ます。家、って言っても実はそう毎日家で寝れる訳じゃないんです。自宅のベッドでゆっくり休めるのは3日に1回と定期検診の時だけ。後は出張先に2連泊なんです。私たちは三つ子で、そのうちの私は一番真ん中。姉、私、妹で交代で仕事をしています。最近は三人そろって家に居る時って無いんですよ。出張先で姉か妹かどっちかと一緒に寝る事はあるんですが。


 「どうだい?仕事は慣れた?」
 「ええ、慣れましたよ。この夏は私たちだけじゃ足りなくって、お手伝いさんも来てくれるって言う話も聞いたんですが」
 「うん、週末を中心にね。みんなががんばってくれたから、お客さんが増えたんじゃないのかなぁ」
 「そういえばそうですね。はじめの頃は・・・本当にお客さんが10人も居なくて。それこそ先輩なんかに色々言われました。私、本当は要らない子なんじゃないのかな?って思ったりもしました」
 「おいおい、何を言っているんだよ。要らない子なんて一人も居やしない。みんな大事な仕事をしているだからね。ほら、今日もお客さんが待っているよ。」


 東京駅まで向かう間、徹夜の仕事を終わって家に帰る仲間たちとすれ違います。
 「お疲れさ〜ん。今日はお客さんが珍しく少なかったよ」
 「お疲れ様です。今日はこれから家でゆっくりですか?」
 「とんでもないよ。4時間ほど休んでからまた大阪。まったく、ウチのボスって何でこう人使い荒いのかしら(´・ω・`)ショボーン」
 「まぁまぁ、そんな事言わないで下さいよ(;・∀・)。」
 「私もあんたみたいな仕事してみたいなぁ・・・。徹夜しなくていいし。ま、気をつけて行ってきな」
 「はい、行ってきます」


 私、お姉さんから見たら・・・簡単な仕事しかしてないのかな(´・ω・`)ショボーン。



 そして、私の仕事が始まる東京駅に着きました。
 「はい、お疲れさん。今日のお客さんは・・・あれ?居ないね?」
 「本当ですか?・・・はぁ(溜息)」


 やっぱり、私なんか・・・


 「おい、どうした?体の調子でも悪くなったか?」
 「い、いえ、そんな事ありません。お客さん居なくても・・・仕事ですからね」
 「よし、じゃぁ発車おーらい!」


 常磐道や東関道へ向かう仲間たちと別れ、私は霞ヶ関を抜けてから首都高速へと入ります。六本木ヒルズや渋谷のまちを抜け、東名に入るとさらに加速して西へ向かいます。


 「・・・あれ?何か加速が少し悪いような気がするなぁ。おい、本当に大丈夫かよ」
 「・・・」
 「何か悩みでもあんのか?」
 「・・・」
 「黙ってちゃ分からないだろ。お前の事を信頼しなくちゃ俺は仕事出来ないんだからな。どうした?」
 「・・・」



 東名の料金所が見えてきました。
 「ETCレーン通過よし!東名向が丘通過!」
 「・・・」
 「おい、復唱はどうした?復唱は?」
 「・・・あ、ETCレーン通過良し!東名向が丘通過!」

 
 しばらく、黙ったまま走っています。
 いつもだったら、静岡からやってくる親戚の子たちと元気に「おはよー」なんて挨拶をしあうんですが。


 「やっぱり何か隠しているだろ。言いたい事があったら話せ。」
 「分かりました。」
 「・・・あ、その前に東名江田停車。」
 「東名江田停車。」


 東名江田にはおばあさんが一人居ました。私はゆっくりと止めてお客さんを迎え入れる準備をします。


 「このバス、静岡行きますか?」
 「ごめんなさい、清水までしか行かないんですよ。静岡のどこらへんまで行かれます?」
 「えーっと、草薙って言うのかな?」
 「それだったら、清水駅前で降りて電車に乗ればすぐですよ。」
 「じゃぁ、それじゃ乗らせてもらうかね。」


 そうして、予約の無いお客さんを一人だけ乗せて一路清水へと向かう事になりました。
 私の体を梅雨の雨をぬらして行きます。お客さん一人だけの車内は本当に静かでした。


 「お客さん、次の足柄で10分間休憩するけど、トイレとか大丈夫?」
 「うん、私ゃ大丈夫だよ。」
 「じゃぁ、今日は近いところに止めるからゆっくり行ってきな。戻ってくるまで待っててあげるから」


 そんな些細な話から、運転手さんとお客さんの会話が始まりました。


 「孫が出来てね。今日はびっくりさせようと思って一人で出てきたんですよ」
 「へぇ、そうなんですか。」
 「娘がね、東名江田からだったら清水行のバスが出来てとっても便利になったよ、って教えてくれたの」
 「いやぁ、有り難いですわ。今日なんかはたまたまお客さんだけだけど、週末なんかはお客さん多くてね」
 「それはそれは。でも、清水行が出来るなんて。私が国鉄で仕事をしていた頃じゃ想像つかないわ。」
 「・・・えっ!本当ですか?」
 「静岡駅のバスの切符売り場でね。東名高速線が出来たばっかりの頃だったけど。」
 「そうなんですか・・・。」

 私も、色んな先輩の姿を見て来たけど、それよりもずっと前の大先輩の話って言うのは聞いた事が無かった。「高速道路の新幹線」って言われていた事や、この東名ハイウェイバスのためだけに生まれてきた先輩がいたって言う事も。沢山の先輩が、沢山のお客さんの想いを乗せて同じ道を走っていた。私はそんな「歴史」の上を走っているんだ、そう思うと何か誇らしくなった。


 「あれ、この子ったら・・・急に走りが良くなったんじゃないの?」
 「あ、そう思いますか?・・・いや、朝東京の車庫を出てきたときには何か調子悪そうだったんですけどね。」
 「ふふふ、先輩の話を聞いて仕事にやる気が出てきたんじゃないの?答えなさい」
 「その通りです。確かに私は・・・東京と清水の間しか走っていませんし、本当は昼特急ちゃんのように大阪まで行ってみたいんです」
 「ほぉ、お前が大阪まで行ってみたいか(笑)なら、行くか?」
 「でも、私は先輩たちが築いてくれたこの『東名ハイウェイバス』って言う歴史の上を走っています」
 「まぁ、それは東名ライナーちゃんやドリームちゃんも一緒なんだけどな(笑)」
 「けど、私はその歴史の上をただ走るんじゃなくって、新しい歴史を作っているんですよね」
 「うん、その通りよ。私がいた頃なんか、清水からバスが出るなんて想像つかなかったんだから(笑)」
 「だから、私、同じ所ばっかりでも文句は言いません。この路線のプロになってみせます!」
 「そうそう、その心意気!お前らはこのしみずライナーのためだけに生まれてきたようなもんだからな」
 「えっ!そうなんですか!」

 
 そう、私の迷いは吹っ切れた。
 同じ所を行ったり来たりでも構わない。見慣れた景色の中を走る事だけでも構わない。
 東名ハイウェイバスとしての誇りを持って、色んなお客さんの想いを乗せて走りたい。
 これからやってくる新しい仲間たちと、色んな季節の色んな風景を、色んな想いを乗せて走る事。これが私の大事な役目なのだから。

JRバス関東 東京支店 「しみずライナー」H658-05406号車

==続く・・・かも?==