静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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地元の責任。

「で、今度はどこに引っ越せって言うのさ」
「・・・静岡。」
「静岡ぁ?あんな田舎の支店に引っ越せって言うの?この私が?」
「仕方ねぇだろ、上が決めた事なんだから。この家は閉鎖するって言うように決まったんだから。」
「仕方ないわね。さっさと荷物まとめて出て行くわよ」



 そう言って、住み慣れた中津川の家を出て、静岡に引っ越してから数ヶ月。仕事そのものは岐阜に居ても静岡に居ても大して変わらなかったから別に苦じゃなかった。中央ライナーで一緒に仕事をしている関東の東京の子とか、東京の子と同じ会社なんだけど色んな都合があって、ウチらとは商売敵の子と一緒に仕事をしている諏訪の子とか、一緒に結構つるんで遊んでいたし、時々は青春ドリームなごやなんて言う夜行便とかの仕事をさせてもらったり。まぁ、それなりに忙しくやって来たのよ。
 ところがある日、新しいボスに呼ばれたのよ。そう、静岡のボスに。

「どうだい、最近は。」
「岐阜から引っ越してきても同じような仕事ばっかりやってるから、何か静岡に引っ越したって言う感じがしないのよね。って言うかあんた、何で静岡の私が中央ライナーで仕事をしなくちゃならないのよ。」
「ははははは。まぁ、それは君がまだ新人だからだよ。」
「新人だからってこんなあちこち走らせるの?」
「ほら、名古屋に新しく入った2階建ての子だって、中央ライナーこそ走らないけど、ドリームでもなごやだけじゃなくって「静岡・浜松」なんて言う路線で仕事してるじゃないか。」
「い、言われてみればそうよね。で、今日は一体何の話なのよ?久々に静岡に居るんだからゆっくりさせてよね。」
「まぁ、そう言わずにお茶でも飲めよ つ旦」
「あ、ありがとう。い、頂くわ」
「でだ、今度こんな路線が出来るんだ。こっちの担当者になって欲しいんだが・・・と言うか、この仕事をして欲しい。」
 そう言ってボスから渡された書類には「しみずライナー」と言う名前があった。そう、このときだったのかもしれない。私の中で何かが変わったのは。
「『しみずライナー』?何それ。東名清水なんて言ったら静岡発の便しか止まらない田舎のバス停じゃないの。で、そっから出る便で全席指定、清水駅前の次が東名江田ですって?」
 そんな路線があるって言うのは東京の子から話を少しだけ聞いた事がある。仲の良い三人姉妹が交代で仕事をしていて、自分たちのシマを荒らしているどころか、静岡じゃウチに泊まらずに、地元の会社の寮に泊まっているって居るって言う話も。そう言えば、最近見たこと無い子を東名で何回か見かけた事もあったし、「清水」って出ているのを見た事もある。
「そう。もう知っていると思うんだけど、ウチも4月からこの路線を取りあえず一往復担当する事になったんだ。ウチの子の中で一番若いのが君だからね。関東さんの子に負けないのは君しか無いから。んじゃ、よろしく」
「わ、分かりましたわ。4月1日からですね」
 そう、新しい職場が見つかった。

 初めての日、正直言ってお客さんはそんなに多くなかった。関東さんの方は便によって結構お客さんが多かったりするって言う事も聞いていたので、正直不満な部分もあった。中にはとんでもない客も居て「何これ、椅子がずいぶんセコいなぁ。流石JR東海バスクオリティだわ」なんて言う事を抜かす奴もいやがった。正直、かなり頭に来たんだけど、やっぱり私だって大先輩の血を引いている訳だから、そんな感情を表に出すわけには行かなかった。
 けれども、仕事自体はそれほど苦じゃなかった。静岡の家を出てから一旦清水まで向かい、それから東京まで一往復。清水に帰ってきたら静岡に帰ってきて我が家でのんびり。まぁ、家に帰ってきてからシャワーを浴びてゆっくり寝れるって言うのは今までそんなに無かっただけに、本当にそれだけは楽だ。

 「おーっす、今日も一日宜しくな」
 「何よあんた。私を誰だと思ってるの?」
 「ん?しみずライナーのプロフェッショナルだら。」
 「ふん、勝手に言ってなさい。さぁ、仕事に向かうわよ。」
 「OK、お前はそう来なくちゃな。」
 そんな会話をして、静岡から清水へと向かう。でも、この仕事をし初めて実は初めて通る所もあったりする。それは、久能海岸。遠くに駿河湾越しに伊豆が見えたりとか、苺の時期にはビニールハウスの向こうから苺の甘酸っぱい香りが潮の香りと一緒に漂ってくる。
 「私も一度、苺狩りに行きたいなぁ(ボソッ)」
 「やっぱりお前も女の子なんだなぁ」
 「な、何言っているのよ。は、初めて通る所なんだからね。」
 「ああ、そうだそうだ。回送とは言え、定期的にこの道を走るのはお前位しか居ないからな。」
 「そうよ、私だけなんだからね。」
 「分かった分かった。機会があったら一度来ような」
 「う、うん」
 そう、毎朝こんな感じで清水まで向かってからお客さんを乗せて東京まで向かう。こんな事をお客さんから言われた事もある。
 「この時間帯に1本増えて本当に便利になったよね」
 「そうそう、新幹線に乗って何回も乗り換えあるよりも、こっちで行く方がいいよね」
 そ、そんなの当たり前なんだからね。だからこそ、関東さんの方よりお客さんを沢山乗せる事が私は出来るんだからね。
 「おい、お客さんがお前の事を褒めているじゃないか」
 「べ、別に仕事なんだから当たり前なんでしょ。あんたもせいぜい事故起こさないように走りなさいよ。」
 「へいへい」

 東京の基地で関東の東京の子や、西日本の大阪の子と他愛ない話をして、また清水へ、そして静岡へ。お客さんを下ろしてからこれから東京へ帰る東京の子と少し話をする。
 「と、東海さんっていつも同じ時間ばっかりですよね。」
 「ああ、こればっかりは仕方ないさ。ほら、あんたらと違って私はこっちが地元だから・・・その分の責任があるのよ。全く、この甲斐性無しのおかげでね」
 「おい、甲斐性無しとは酷い言いようだな」
 「だって、本当に甲斐性があったら、中央ライナーで走っている妹たちがこっちに来てもいいんじゃないの?」
 「・・・ま、そりゃそうだけど。本社のお膝元だから仕方ないわな」
 「この・・・、甲斐性無しめ」
 「でも、朝のお客さんの楽しそうな顔、私も見てみたいなぁ・・・、あ、お疲れ様でした」
 「おう、お疲れ。気をつけて東京まで帰りなよ」
 「は、はい」
 そんな挨拶を交わして清水から家に帰る。朝来た道を同じように戻って。


 「おう、見て見ろ。夕日が綺麗だぞ」
 「・・・そ、そうね。綺麗・・・よね」
 こんな景色の中を走れる事を実は夢見ていたのかもしれない。そう、他の子たちには真似が出来ない〜私が検査でお休みする時には、他の子も走るかもしれないけど〜仕事をしているんだな、って思うとちょっと誇らしい。いつ、元の仕事に戻るようになるかは分からないけど、その日が来るまで一生懸命仕事をしたいって思う。そう、地元の責任として、誇りを持ちながら。



JR東海バス 静岡支店「しみずライナー」担当 747-04951号車