静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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痛みを越えて。

 「おう、今日も快調だね。んじゃ、大阪までひとっ走り行って来るか」
 「はい、バッチリですぅ。大先輩から受け継いだこの仕事、絶対負けたくありませんからね!」
 「ははは、お前らしくていいや。でも、途中でエンジンストップなんてなるなよ」
 「はい、大丈夫ですよぉ」

 そう整備の人と話をして、静岡の車庫を出発する。名古屋から静岡に引っ越してきてからはや2ヶ月。初めて小牧から先を走ったときには、少しびっくりした事も色々あったけど、今ではすっかり慣れた。途中の名古屋当たりは何度も走った風景だけど、静岡から大阪まで、全く新しい景色の中を走るのは本当に気持ちいい。

 「お待たせしました、京阪神昼特急静岡1号、大阪行です」
 そう言って、私は静岡駅でお客さんをお出迎えする。けれども、お客さんは毎回毎回本当に少なかった。どんなに乗っても満席、って言うのは数える程しかなかった。そんなに静岡の人って私の事嫌いなのかなぁ?よく分からない。けれども、大阪から帰ってくるときの「京阪神ドリーム静岡号」、こっちは本当にお客さんが乗っている。本当に不思議だよね。

 「ねぇ、何でこの便ってお客さんこんなに少ないの?」
 「う〜ん、俺にも良く分からないなぁ・・・。昼間の時間帯に大阪に行くのには静岡からだと一番便利なんだけどねぇ。」
 「ひょっとしたらさ、私ってやっぱり要らない子なのかなぁ・・・」
 「おい、まさかあの時の事を・・・」



 あの時の事は、今でも時々夢に見てしまう事がある。
 私と一緒に、大事なお客さんを目的地まで案内しなくてはならないパートナーが起こしてしまった事故。
 それも、その人はお酒を運転中に飲んでいた。
 「ちょ、ちょっと!何であなたがお酒を飲んでいるんですか!」
 「うるせぇ、お前なんかに俺の事が分かるか!お前は俺の言う事を聞いて走っていればいいんだよ!」
 「そんな事を言う人なんかに運転されたくありません!さっさと降りて下さい!」
 けれども、その願いは叶わなかった。そして、結局起きてしまった事故。
 あの日の事だけは・・・絶対に忘れられない。

 「まぁ・・・その、あいつだけは俺も許せないよ。信じられない話だよな」
 「うん、そうだよね・・・」

 新緑が綺麗な東名高速を西に向かって走っていく。東名吉田、東名浜松北と停車してから上郷サービスエリアで休憩。そう、あの頃はまだあの子も居たんだよね。弥次喜多クンって言う面白い子も。

 「よう、お疲れさん」
 「あ、お疲れ様ですぅ。今日もまた横浜から広島までですかぁ?」
 「おう、そうよ。全く、ウチの会社のボスも何考えてこんな酔狂な路線を走らせているんだか(笑)。」
 「でも、面白そうですよね、色んな景色を見る事ができて」
 「ああ、お客さんも運転士さんも一癖二癖ある人らが多いからね。本当、会社も俺も、客もみんな物好きだよ(笑)」
 「いいなぁ、私もそんな路線走ってみたいなぁ」
 「いや、名古屋のお嬢様には本当にしんどいですよ」
 「私、もう名古屋娘じゃないんですから。静岡の娘なんですからね」
 「ああ、ごめんごめん(笑)。」
 「じゃぁ、先に出ますね」
 「おう、気をつけてな。どうせ後で追い越すけど」

 そんな事を話していると、本当に小牧の先で「⊂二二二( ^ω^)二⊃ ブーン」なんて言いながら追い抜いて行くんだから。本当にあの子は楽しい子だった。そんな彼も、今ではもうこっちには来てないみたいだよ、って大阪で休んでいる時に東京の子から聞いた。ちょっぴり残念・・・かな。けれども、やっぱり仕方ないのかな、って思う。

 一宮で、静岡の人から名古屋の人に運転士さんが交代するために休憩を取る。そんな時、本線を大阪の子や東京の子が追い越して行く。仲がいい子もいれば悪い子もいる。東京の子だと「先に大阪でまってるね」とか言ってくれる事もあるんだけど、大阪の子なんかだと、本当に言ってくる事が酷い。

 「東京にはもうあの子、顔出せないんだよね」
 「当然でしょ、だって、あの子は事故やっちゃったんだから」
 「おまけにもうオバハンだし、休み休みじゃないと走れないのよ(笑)」



 あの事故の後、私は入院してお医者さんに治してもらったんだけど、退院した後はなかなか仕事に就かせてもらえなかった。
 私だって、もう一度中央道を走って色んなお客さんの想いを乗せて走りたい、そう言った事もある。
 だけど、ボスは首をなかなか縦に振らなかった。
 「いや、本当は走らせたいんだけど・・・」
 そう言っていつも、語尾を濁すだけ。時々は「体がなまっちゃいけないだろ」って言う事で走らせては貰ったけど。
 でも、昔みたいな元気が無い自分がそこには居たんだ。

 「お前が静岡に引っ越してからもう2ヶ月かぁ。早いもんだなぁ」
 「ええ、おかげさまでだいぶ静岡の水には慣れましたよ。結構色んな子が来るので家で寝ていても飽きないですよ」
 「そうかぁ。それは良かった。」
 「けど、この『京阪神昼特急静岡号』、もう無くなるのは知っているよな」
 「ええ、知ってますよ。無くなるから・・・、先輩からこの路線も引き継いだって言う事もね」
 「そうか。」
 「でも、『京阪神ドリーム静岡号』はまだ残るんでしょ?」
 「そうだ、残る。」
 「ならば、精一杯その仕事をするだけですよ」
 「そうだよな」

 2月のある日、名古屋に帰ってきていたDD車の大先輩〜そう、初めて昼間の超特急で二階建車両を運行したりとか、初めて私たちの一族のDD車で大阪まで行ったと言う大先輩〜から話を聞いたとき、全ての覚悟は出来ていたのかもしれない。

 「あなた、ちょっと時間有るかしら」
 「は、はい。先輩。何でしょうか」
 「まぁ、そんなに固くならなくても。静岡から持ってきたお茶でも飲みながら話をしようかしら」
 「はい。」
 その時だった。私が先輩の後を引き継いで『京阪神昼特急静岡号』と『京阪神ドリーム静岡号』を担当する事、そして、『京阪神昼特急静岡号』が無くなると言う事を知ったのは。
 「私も一番最後にこの仕事が出来て本当に良かったと思っているの。この私の思い、受け継いでくれるかしら」
 「でも、私は・・・絶対起こしちゃならない事故をやっているんですよ。そんな私でもいいんですか?」
 一瞬、目から火花が飛んだように感じられた。目の前に座っている先輩は、大粒の涙を流していた。
 「何言っているのよ!事故は事故よ。確かに起こしちゃいけない事。だけど、あなたは事故を起こしてもお客さんを最後まで守りきったんじゃないの。それはあなたの誇りでしょ?あなたにとっても私にとっても、あの日の事は忘れちゃいけない。そして、最後までお客さんを守り切る事、それがあなたの役目でしょ!」
 そう言って、先輩は席を立った。

それが、私と先輩の最後の会話だった。
最後に残してくれた言葉は・・・余りにも重たかった。



 その後だった。ボスから呼び出しを受けたのは。
 「今まで休ませてばっかりで済まなかったな。今度は静岡に引っ越してこの路線の担当になって欲しい」
 渡されたのは、『京阪神昼特急静岡号』と『京阪神ドリーム静岡号』の運行票。先輩の話は本当だった。
 「分かりました。引退する先輩の思いを受け継いで走ります。」
 「これから名古屋に帰ってくる事は無くなるかもしれないけど、元気でやってくれよな」
 「はい、分かりました。」

 「何だ、昔の事を思い出していたのか」
 「はい、そうですよー。だって、あの事故があったから今、ここを走っている訳じゃないですか」
 「あのなぁ・・・、だからそれは違うって。色んな事情があったからなんだよ」
 「いや、でも、自分にとってあの事故は本当にショックな事でした。でも、自分の人生の中でのあの事故、その後の話、それを含めて今の私が居るんですから。」
 「まぁ・・・そりゃそうだよな。でも、お前も本当に強くなったよなぁ・・・」
 「へへへ。だって、私に乗ってみたいって言うファンの方が結構居るんですもん。えーっと(略」
 「何でお前、そんな事知っているんだ?」
 「そればっかりは秘密ですよ、ひ・み・つ」


 そして、琵琶湖を眺め、京都のまちから大阪のまちへ。
 大阪のまちは、いつ来ても面白い。名古屋や東京とは全く違う空気がある。ちょっと悪口を言う子もいるけど・・・決して嫌いじゃない。だって、ここのまちと静岡のまちを結ぶのが私の仕事なのだから。四国や広島から来ている子もいれば、時には博多から来ている真っ赤なシャツを着た子もいる。確か、別の先輩は・・・名古屋から博多を結ぶ便で走っていた事もあったんだよね。そんな子たちと話をしながら、大阪の基地で一休みをする。

 昼間の東海道はもう走る機会は無いかもしれない。
 だけど、いつでも、大事なお客様の大事な想いを乗せて走りたい。
 残された時間は短いかもしれないけど、その日が来るまで、一生懸命に走る。


JR東海バス 静岡支店「京阪神ドリーム静岡号」担当 746-7991号車