静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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いつもが、そこに。

 新しい路線が出来たからって言っても、何も変わることはない。
 ただ、私は色んなお客さんを乗せて走る事だけ。それが役目だと思っている。

 「おい、本当の所はどうなんだよ?」
 「ん?何がですか?」
 「いや、お前も本当はあちこち走ってない所行ってみたいんじゃないのか?」
 「いえ、私はこの伝統ある東名高速線を継ぐ存在です。だから私はここを走るのです」

 ・確かに、そう思っている部分はある。私の前に走っていた偉大な先輩たちの後を継いで仕事をしているわけだから、本当にそれはそれで誇らしい話だ。だから、同じウチの子が「今日は沼津行って来て魚食べて来たよー」とか「私は富士宮やきそばだ」とか言っているのを聴くと、小一時間問いつめたくなる。あなたたちの役目は一体何だと。一体誰の血を受け継いで走っているのだ、と。

 「お待たせしました、急行静岡駅行です」
 いつものようにアナウンスをしてから東京駅を出発する。何度も通ってきた道、全部の停留所に丹念に止まりながらお客さんを乗せ、そしてお見送りし、この道を走っている。そう、先輩たちと同じように。
 「なぁ、お前にとって先輩って何なんだ?」
 「何でしょうか。絶対に超える事の出来ない存在みたいなものです。」
 「超える事の出来ない存在か。なるほどねぇ。」
 確かにそうだ。先輩たちが居てくれたからこそ今の私がある、そう思っているから。
 「確かにそりゃそうだな。でも、俺たちだって今じゃ東名線ばっかり乗務するって言うわけにも行かないからね。」
 「あなた方は確かにそうですが。命じられた行路に従って仕事をする。当たり前の事ではないですか。」
 「まったく、古風なお姉様ですね・・・」
 「古風・・・ですか?」
 「うん、古風だよ。十分過ぎるほど。でさ、このお客さんの数を見てどう思う?」
 お客さんの数、確かにこれだけは私もここ最近ずっと気になっていた。ある時から、全く見たことが無い子が私を平気で追い越している姿を見かけるし、今まで私たちに乗ってくれたお客さんの姿をそっちの違う子の方で見かけた事がある。気にはなっていたけど、私にはどうにもならない話と思っていた。
 「確かに少ないです。でも、少なくてもあの子たちはツアーバス、私は路線バス、立場が全く違います。」
 「まぁ、俺もそう思うんだけどね。けどさ、俺たちも変わらないとならないんじゃないのかな?」
 確かに私も心の中でそう思う事がある。清水に行く子なんかと話をしていると「昨日の行きなんか満席だったよ」とか言う話を平気でしているし、富士宮や富士に行く子も「結構お客さん多かったね」って言う事もある。
 「確かにそうかもしれませんね。そろそろ変わらないとならないんじゃないでしょうか。けれども、役目が違うと思うんです。あの子たちと私とは」
 「ふふん、変わらなくっちゃならないって言う事は分かっているんだな」
 確かに直行需要はあるかもしれないし、私の稼ぎが少なくなっている分をあの子たちに稼いで貰わないとならない。けど、私の事を待っている人は居るし、待っている人が居る限りは走らないとならないって思う。
 「変わっていくのも大事です。でも、変わらないものを守っていくって言うのも大事です。あの子たちも私も同じ仲間ですし、あの子たちの代わりに走らないとならないときは幾らでも走りますよ。だって、あの子たちの先輩は私と同じ先輩なんですし、お客さんのために走るって言う事はまったく変わらないですから。」
 誰かのために走る事。
 その理由だけは誰も変わらない。
 
 JRバス関東 H657-02411号車(東京支店)