静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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新しい場所で。

「そうか、明日から別の所を走るようになるんだ」
「まぁ、こればっかりは仕事だから仕方ないけどね」
「じゃぁ、頑張れ。水戸に居たって言う誇りを忘れないでな」
「ありがとう」

 東京に引っ越す前日、水戸で一緒に仕事をして来た仲間たちから励ましの声をかけて貰った。確かに私には姉妹が居るって言うんだけど、今まで一度も会った事は無かった。それも、妹たちらしい。一体どんな子なのか凄く気になっていた。そんな事を考えながら、東京の新しいウチにたどり着く。
「はじめまして。水戸から引っ越して来ました」
「お疲れさまです・・・あれ?何か私と同じ格好ですねぇ」
「い、いや、それは同じ会社だからな。服が一緒でもおかしくはないだろう」
「ちょっと中見せてもらうね」
「お、おい、やめるんだ。何でいきなりそんな所をのぞ・・・うわ、あqwせdrftgyふじこlp;」

 正直、いきなり初対面の私にこの子は口では言えないような事をしてきた。正直、ふりほどいてやろうかと思ったのだが、そんな事に動じないぞ、って思っている間に、その子はこんな事を言ってきた。

「あー、私たちと一緒の椅子ですー。おまけに、空気清浄機までも付いていたり。ほらほら、私も同じものが付いていますよ・・・って、あ!ひょっとしたら水戸に住んでいたお姉さんですか?」
 その言葉を聞いて、私はある事を思いだした。水戸を出てくるときにボスに言われた言葉だ。
***
「東京に居るしみずライナー三姉妹って聞いたことあるか?」
「ええ、非常に仲のいい姉妹って言う事は噂には聞いていますが。ただ、一度も会った事はないので何とも言えない所はありますが。」
「実はな、お前はその三姉妹の姉さんなんだよ。で、ここからが本論なんだが、お前が東京に行くのは、その三姉妹が担当しているしみずライナーの増発をする事になって、車両が足りないから人手が欲しいって言う事なんだ。その三姉妹と血の繋がっている者じゃないと出来ない仕事なんだわ」
「はい。」
「行ってくれるか?お前の妹も一緒なんだが」
「分かりました」
***
 そう、水戸で一緒に仕事をしていた妹以外に初めて見る妹だった。
「お前がその、しみずライナー三姉妹の次女か?」
「はい、そうでーっす。これから、一緒にお仕事がんばりましょう、お姉さん」
「ああ、こちらこそ宜しく。」
 その後、東京のボスも含めて色々と話をする。新しい仕事に当たる前には必ずしなくちゃならない事ではあるんだが、色々と話を聞いていくと結構ハードな仕事らしい。今まで走り慣れていた常磐道と東名は全く勝手が違ったりとか、お客さんも全く違うとか。
「そう言えばお姉さんって、前は横浜水戸線の担当だったんですね。私も横浜の海一度見てみたいなぁ」
「いや、海が見えるって言っても、本当にほんの少しだけだったからな。後、富士山も見たこと無いからな」
 そう、今までとは全く違う風景の中を走る。海風に吹かれて身体を休め、東名の峠道を走り抜ける。今まで経験した事のないエキサイティングな毎日になりそうだ。でも、今の運行表を見てみるとなかなかタイトなスケジュールになっている。
「でも、こんなハードな仕事を良くも3人で回しているな」
「ハードって言ってもドリーム号のお姉さんに比べれば全然楽ですよ。あ、これ、マニュアルです。お姉さんが来るって言うので私たち3人で作ったんですよ。是非参考にしてください」
「あ、ありがとう」
 そのマニュアルはこれまで見たことの無いようなものだった。どこをどう走るかとか、お客さんの事とか。折角の貰ったプレゼントだ。大切に使わせて貰う事にしよう。
「機会があったら、みんなでゆっくり温泉でも行きたいですね」
「ああ、そうだな。でも、みんな忙しそうだからね。私も頑張るから、これからどうぞよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ、お姉さん」

 そう、新しい日々が始まった。新しい姉妹たちと色んな物語を乗せて走る旅路が。
 これから、少しは楽しい毎日が始まりそうな予感がした。

 そして今、妹たちに負けないように仕事をしている私が居る。


JRバス関東 東京支店 H658-05402号車。