静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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果てしないこの空、どこまでも行こう。

「おはようございます、出発点呼お願いします」
「はい、おはようさん。今日が初出勤だったな」
「はい。精一杯頑張ってきます」
「あんまり気負わないように・・・って言っても無理だろうな。今日は思いっきり気合い入れてやって来い!」
「ありがとうございます!」
最初の点呼。そう、僕が今日から新しい路線〜決して新しくはないけど〜を走る事になる。
清水〜東京間、「しみずライナー4号/5号」。貸切を担当していた先輩方からしてみればどうって事のない仕事かもしれない。だけど、僕がここで「走るべき路線」。今は一日も早く慣れるしかないんだ。
***
 生まれて最初に連れてこられたのがここ(西久保)。同じような仕事をしている先輩は朝早くに家から出発してる。家に帰ってくるのは早いけど、翌朝が早いのでそのまま寝てしまう。だけど、自分が行くべき所を走っている訳じゃないので、なかなか話を聞くことが出来ない。それじゃぁと思って、貸切の先輩たちに話を聞いてみるけど「いやぁ、俺らイレギュラーな所しか分からないから」って言う感じで逃げられてしまう。
 確かに仕方が無い話だ。自分がここに連れてこられたのは「しみずライナー4号/5号」と言う仕事をするための話。誰も東京駅まで行った事は無いし、塩浜の車庫なんかも行った事はない。とりあえずはボスから貰ったマニュアルを見ながら自習をする日々が続いた。時には何回か練習って言う事で行ったけど、僕もマニュアルと首っ引きで色々と見直すしかなかったんだ。
 そんなある日、一人のおじいさんがやって来たんだ。
「おう、お前さんは新入りかい?」
「はい、5月から東京便を担当します。」
「東京かぁ・・・。随分遠くまで行くんだな」
「はい。頑張ります」
「まぁ、頑張らんでもいいよ。大事なのはお客さんを乗せて安全に目的地までお送りする事だからな。」
「そう・・・ですよね。」
 そう言うと、そのおじいさんはにっこり笑ってくれた。
「高速で東京まで行くのか。じゃぁ、昔話でもしてやろう。私のおじいさんたちの話をな」
「是非お願いします!」
***
 そう言って、おじいさんは日の当たる場所に横になって話し出してくれたんだ。昔、新静岡から沼津や吉原まで行っていた先輩が居たこと、そして浜松へも行っていた先輩が居たこと。凄く誇り高そうに話をしてくれた。だけど、最後の方の話になると、その顔は少し曇りだした。
「そうそう、高速こそ走ってなかったが・・・、お前さんは『鳥坂軍団』って言うのを知ってるか?」
「時々先輩たちが不機嫌そうに話をしている中で聞いた事があるんですが。」
「彼らはな、昔、一般道を通って甲府まで行く路線を持っていたんだ。けれども、電車に負けてその路線は無くなってしまったんだよ。その時の彼らは本当に怖かった。自分たちの看板路線を無くすのか、って。同じ清水市内にあるのに、担当している路線は静岡市内ばっかりだからね。」
「でも、場所的に仕方ないんじゃないんですか?」
「正直、今回はあんまりいい噂を聞かないんだ。自分たちこそトップじゃないとならないって言うみたいでな。」
「は、はぁ・・・。」
セントレアヘは、同じ時に本数が多く向こうが持って行ったから何とか収まったみたいなんだけど、今回の東京行きを取られたって言うのが非常にお気に召さないみたいなんだ。」
「でも、仕方ないんじゃないですか?」
「まぁ、わしもそう言ったけどな。色々と文句を言ってくるかもしれないが、我慢してくれ。誰のために走るのかって事を考えるのが最優先だからな」
「はい。」
***
 そんな事もあって、暫くは鬱々とした日が続いた。開業前日、ボスに呼ばれた。
「どうだ、調子は。」
「はい、いつでも大丈夫です・・・って明日からですね。」
「鳥坂の方で『駿府ライナー』って言う路線をやる事は知ってるよな」
「はい。先輩たちが『なんでこんな腹巻きしなくちゃならねぇんだ』とか言っているのを聞いてますし」
「全くあいつらは・・・。その路線はな、JR東海バスさんの運行している路線と真っ向から勝負する路線なんだわ。だけど、お前が仕事をする『しみずライナー』は、その勝負相手とも一緒に仕事をするんだよ。」
「そうなんですか。」
「まぁ、本当は俺たちもお前の事をしっかりPRしたかったんだけど、申し訳ない、許してくれ」
「気にしないで下さい。仕事は一緒なんですから。JR東海バスさんとも仲良くやります」
「ああ、頼むぞ。同じ静岡の仲間なんだからな」
「はい」
***
 ボスは一体何で気を病んでいたんだろう。
 そんな事を考えながら始発の折戸車庫まで向かった。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。ついに東京進出だな。」
「そうですね。」
「私も最初の便を運転する事が出来て嬉しいよ。ま、気楽にやろうな。色々あるけど」
「はい。」
 折戸車庫に付くと、三人娘の一人が居た。
「お、おはようございます。今日から新しく担当する事になりました。よろしくお願いします!」
「あ、君が新しい子なんだ。こちらこそよろしくね。色々と大変だけど、一緒に頑張ろうね。ごめん、まだ眠いから寝させてもらうね」
「ご、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。また東京で会えたら会おうね」
「はい!」


 お客さんを乗せながら清開2丁目、波止場、新清水、清水駅前と向かっていく。すれ違う先輩たちはまだ少ないけど、みんな「俺たちの夢の分まで頑張って来い!」って励ましてくれる。嬉しい、けど、気が引き締まる。そう言えば、緊張して今朝早起きしたとき、セントレアへ向かう先輩が言ってくれた。
「東京行か。セントレアでも何でも、帰りは『清水』って言う看板を背負って帰ってくるんだ。誇りを持って仕事して来いよ、それは俺たちだけにしか出来ない仕事だからな。」
 東京へ行くって言う事じゃない、僕たちの誇れる「地元」にお客さんをご案内出来る仕事なんだ。

 果てしないこの空、どこまでも行こう。
 そう、まだ物語は始まったばかりなのだから。


しずてつジャストライン 西久保営業所「しみずライナー」 西久保530号車