静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

過去記事のアーカイブになっています。

何言ってるの?

多分消えてしまうだろうから、一応全文掲載。


 人権擁護法案をめぐる自民党内の議論が迷走している。
 この法案は差別や虐待に苦しむ人をすばやく救済することをめざしている。ところが「人権が前面に出ると行政がおかしくなる」とか、部落解放同盟朝鮮総連に属する人たちが人権擁護委員になれるのは問題だといった意見が急に噴き出してきた。
 議員らが話題にした人権擁護委員は地域の人権活動の担い手で、現在も全国で1万4千人に委嘱されている。人権擁護法が成立すれば、この人たちをもとに新しい人権擁護委員が生まれる。
 新しい人権擁護委員は住民の相談に乗るという従来の役割に加え、人権侵害があれば調査して被害の救済や予防をする。強制的な力はないが、現在よりも役割は重くなる。
 現在の委員は選挙権を持つ住民のなかから市町村長が議会の意見を聞いて推薦するが、新しい人権擁護委員外国籍の住民からも推薦できる。
 これは、法案づくりの背景に国際社会からの要請があるからだ。国連規約人権委員会は98年、警察官や入国管理職員による人権侵害の訴えを扱う独立した機関をつくるよう日本に勧告した。
 入管施設での虐待を訴える外国人や、差別されがちな在日の人たちの声に耳を傾ける身近な委員として、地域で尊敬を集める外国籍住民が推薦されることを法案は予想している。
 法案のもうひとつの原点は、今も続く部落差別の解決への誓いだ。部落解放同盟から人権擁護委員に就く人がいることも想定している。
 こうした内容は当然のものだ。自民党の一部の議員たちは、人権擁護制度をつくる根本的な理念を忘れているとしか思えない。朝鮮総連幹部による犯罪やエセ同和事件があったからといって、外国籍の住民や部落解放運動をしている人を排除しようとするのはおかしい。
 そもそも新しい人権擁護委員は市町村からの推薦を受けて、中央の人権委員会が委嘱する。その人権委員会のメンバーは国会の同意を受けて首相が任命する。
 そんな手続きのもとで、一部の議員が言うように、特定の団体が人権擁護委員の多数を占めて牛耳るというようなことがどうしたら起きるのだろうか。法案が最初に提出された3年前の国会でも、こんな意見は出なかった。
 朝日新聞は社説で、政府が提出しようとしている法案を修正して、成立を急ぐべきだと主張してきた。報道機関の取材活動を人権委員会が調査するメディア規制条項を削除する。入国管理局や刑務所の人権侵害がある以上、人権委員会を同じ法務省の外局に置くべきではない。これが修正すべき2点だ。この考えは変わらない。
 差別や虐待にさらされている人たちを守る法律は今こそ必要だ。
 人権をないがしろにするような議論は恥ずかしい。
朝日新聞 3/18社説
 まぁ、相手が朝日新聞なので何を言っても仕方ないって言う部分はあるのですが、流石に読んでいて頭に来たので、おいらが持っている言論の場としてのこのBlogに書き残しておきます。

 差別や虐待にさらされている人たちを守る法律は今こそ必要だ。
 人権をないがしろにするような議論は恥ずかしい。
 この部分は同感ですし、お互いによりよい生活が出来るために「腹を割って話が出来る」アリーナを作らなくっちゃならない、って言うのはおいらの基本的なポリシーです。相手がどこの国の人だろうが、どんな出自だろうが、どんな宗教を信仰しようが、どんな思想を持っている人だろうが、同じ地域に住む人なんですからその立場によって差別されるって言うのはあっちゃならないって思いますし、差別する奴らは恥を知れって思います。ええ、これだけはガチですよ。
 ですが、そのためには条件があります。それは「自分たちの考え方やものの見方、宗教を他人に押しつけない」って言うものです。互いの立場を尊重するって言うのはそう言うものではないでしょうか。互いの立場を尊重するが故に是々非々で物事を議論し、様々な問題を解決する新しい方向性が生まれる、そうおいらは確信しています。
 ですが、上の社説で書かれている団体って「是々非々で議論できる」団体なのでしょうか?
 個人的には全くそう思いませんし、むしろ「自分達の考え方を他人に強制する」団体だとおいらは理解しています。それこそ、何の罪を持っていない日本人を拉致している団体はどこの方でしょうか?そして、自分達の考えを伝え、考えて貰う場に出て来た人を糾弾し、場合によっては自殺に追い込むような事をしている団体は一体どの団体でしょうか?そして、自分達の信仰する宗教が絶対のものであるとした上で、自分達の意向にそぐわない団体や個人を平気で誹謗中傷するような宗教団体は一体どの団体でしょうか?
 当然、その団体に属する人全てがそうであるとは毛頭思いません。個人的に親しく付き合っている人も居ますし、色々と個人対個人の関係でお世話になった事も、逆に世話した事もあります。そんな個人的な関係の中では野暮な事は言いたくないですし、それはそれでおいらにとっては大事な人間関係です。
 ですが、人間ってもんは「組織の中の一員」となってしまうと、時々とんでもない事を平気でやらかしてしまうことがあります。自分だって同じです。「本当はこんな事言いたく無いんだけど・・・、立場上言わないと前に進まないからなぁ」って言うようになるように、「組織」は人間を変えてしまう力を持っているって思います。
 おいらが気に入らないには、そんな「組織」が持つ「考え方」を「人権擁護委員」と言う公的な立場を持って他人に強制する事が可能になると言う制度設計なんです。少なくとも公的な役割をする人間は、その立場を利用して特定の思想信条を他人に強制してはならないはずです。この制度設計では、その「特定の思想信条を他人に強制」する事が可能になってしまう事こそ、最大の問題だと考えるが故に、おいらはこの法案に反対の意志を表明しているワケで。人権と言う事を笠にして一部の権力者が何でもやりたい放題になってしまう世の中、そんな世の中になって欲しくない、そう思うんです。
 朝日新聞さんは「自民党の一部の議員たちは、人権擁護制度をつくる根本的な理念を忘れているとしか思えない。」と書いていますが、逆に「人権擁護委員」に選出されない一般の人々の人権を誰が擁護してくれるのでしょうか。少なくともそんな団体の利益を代表する人が人権擁護委員になった日には・・・当然我々の人権なんて無いに等しいもんでしょうね(苦笑)。だって、「人権擁護委員」が「差別」として認定すれば、法的には罰せられないものの、社会的に罰せられるようなもんですから。
 正直、朝日新聞がおかしいって言うのは前々から感づいていましたが、ここまでおかしくなっているって言うのを見せられて、正直な話暗澹たる気分になっています。メディアは「メディア規制部分の凍結」って言う事で自分達には何も問題が無いと思っていたり、それこそアンタッチャブルな団体があるのでスルーを決め込んでいるんでしょうけど、そんなので「社会の木鐸」なんて言うとは正直片腹痛いですわ。つーか、少なくともおいらは朝日新聞の言う事なんて一切信頼できませんね。
 何にしてもこの「人権擁護法」、外国人委員の登用凍結とか言う小手先だけの対応じゃ騙されてはならないと思います。変な話ですが外国人の登用は必要だと思いますよ。特に浜松とか太田とか言う所では。問題はそんな事じゃありません。「特定の思想信条を他人に押しつける事が正義」と考えている団体の行動をどうやって押さえ込むのかって言うのが最大の問題だと思いますからね。