静岡の高速バス倉庫 アーカイブ

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金曜日のシンポジウムの話。

・何故「クリエイティブ・シティ」と言う概念が必要になるのか?
 →「成長戦略」の一環として考える必要がある。
・「クリエイティブシティ」には「クリエイティブクラス」が必要である。
・「クリエイティブクラス」の集積こそが「都市の成長の推進力」である。
・「クリエイティブクラス」とは「価値」を創出する人間である。
 →「クリエイティブクラス」には「スーパークリエイティブ・コア」「クリエイティブプロフェッショナル」が存在。
・いい生活+多様性+機会→才能→融合→新ビジネス→成長によって「成長のスパイラル」を形成。
・都市の成長は次の「クリエイティブクラス」を導き出す。
・既存産業の限界。新しい価値を産出し、海外に「凄い」と思わせる地域を作らなくてはならない。
・渋谷、二子玉川、自由が丘を結ぶ「プラチナトライアングル」
 →人口増加率が+傾向。0-14歳人口増加率が多い(少子高齢化の逆)
 →高学歴(大学・大学院卒)の住人が多い。全国平均値の2倍。
 →高所得者が多く居住。全国平均値の約2倍。
 →「スーパークリエイティブ・コア」「クリエイティブプロフェッショナル」が多く居住。
・人口減少は仕方ない。周縁部を切り捨て、「一箇所に集中させる」戦略が必要(コンパクトシティ)。
・一箇所に(行政が)集中投資をすることは、税金の還流を考えればやむを得ない。
・中心部に人口をどうやって集めるのか?→補助金などのインセンティブの提供。
・反対する人をどうやって抑えこむか?→結果を見せて抑えこむしか無い。
・地方における「魅力ある都市」とは?→単身赴任の家族が住みたいと思うような都市であること。

・静岡県東部地区プロジェクト・・・「スーパークリエイティブ・コア」を引っ張ってきた。
  →しかし、結果は「定着しなかった」→単身赴任の家族が「住みたい」と思わせるような都市に出来なかった。
  →家族を楽しませるような「コンテンツ」が存在しない。
  →「スーパークリエイティブ・コア」「クリエイティブプロフェッショナル」は地方には定着しない。

 シンポジウムの某パネラーがその静岡県東部地区の某プロジェクトに絡んでいたのに、ドヤ顔しながらその取組みを「残念だったね」と言うのは、そのプロジェクトの事務方の末席ではあるものの当時関与していた人間としては正直悲しかった。正直失望したし、何よりも「東京でなくては何も出来ない」ということを改めて見せつけられたのが悔しかった。
 どうやら自分の理想とする「創造都市」と言う概念と、この某パネラーが目指す「クリエイティブシティ」と言う概念は、その根底とするバックボーンで異なっていたのかもしれない。

 失望して会場を途中で去ったのは言うまでも無い。
 
 「地方」に居ると言うことの限界なのか?
 「地方」はもう何も出来ないと言うことなのか?
 「地方」には魅力も何もないと言うことなのか?

 「地方」は座して死を待つしか無いのか?